エジプトのムバラク大統領がついに辞任しました。中東の歴史に残る大ニュースです。
以下は2月初めに書いた文章です。



エジプト革命とドイツ

 エジプトが、そして中東が前代未聞の事態に揺れている。2月1日、エジプト全土で100万人の市民がムバラク大統領に対する抗議デモを繰り広げた結果、ムバラク氏は次の大統領選挙に立候補しないことを明らかにした。だが今回の騒乱では治安部隊の発砲によってすでに約100人の市民が死亡しており、人々の怒りはムバラク氏が退陣するまで収まらないだろう。一部の地域では暴動や略奪によって治安が悪化しているほか、ゼネストによって生産活動が停止し経済に悪影響が出始めている。

 アラブの国でこのような歴史的な事件が起きることを、一体誰が予想しただろうか。チュニジアで起きた市民デモによって独裁者が国外に逃亡した後、エジプトに飛び火した革命は、1981年から続いたムバラク政権にも終止符を打とうとしているのだ。政府は治安を回復するために戦車や装甲車を投入したが、兵士たちは何万人もの市民に囲まれて圧倒され「デモ隊に発砲しない」と宣言する始末。この時ムバラク氏の敗北は決まった。

 少なくとも現在の時点では、この市民デモは草の根から発生したものであり、イスラム過激派によって組織されたものではない。欧州委員会やヨーロッパの各国政府にとっても今回の事態は青天の霹靂(へきれき)だった。エジプトなどアラブ諸国では、独裁的な指導者が警察や軍を使って強権的な政治を行なっていることが多い。反体制派が投獄されて拷問にかけられることも珍しくない。言論の自由も確保されていない。そうした国で、人々が身の危険を顧みずに町へ出てムバラク氏への怒りをぶちまけ、軍にも止められない革命に発展したのは、驚くべきことである。ヨルダンの国王が2月1日に突然首相を交代させたことは、アラブ諸国の指導者の間で、自国に革命の火の粉が飛んでくることへの恐怖感が高まっていることを示している。

 しかしメルケル首相をはじめ、欧米諸国の首脳がエジプト情勢について行なっている発言は、非常に歯切れが悪い。エジプト政府はアラブ諸国の中では、イスラエルに対して比較的穏健な態度を取ってきたからだ。いわばムバラク政権は、欧米諸国にとってアラブ世界との重要なパイプ役となっていたのである。この見返りとして、米国は毎年エジプト政府に20億ドル(約1660億円)もの援助を与えてきた。(その内半分以上が軍事援助。今回カイロの路上に出動した戦車もほとんど米国製だ)したがって、欧米は公然とムバラク氏の退陣を求めにくいのだ。

 欧米やイスラエルにとって最も都合の悪い事態は、ムバラク政権が倒れた後にイスラム過激派と関係の深い政権が生まれて、イスラエルと敵対関係を持つことだ。エジプトでは、「ムスリム同胞団」という過激組織が深い根を張っている。かつてサダト大統領を暗殺したのは、この組織のメンバーである。またムスリム同胞団は、2001年の同時多発テロの首謀者たちとも関係があった。ムスリム同胞団は今回のデモに加わっているが、中心的な役割を果たしていない。

 だがムバラク後のエジプトで長期間混乱が続いて市民の不満が高まった場合、この過激組織が権力を手中に収めようとする危険がある。欧米諸国が期待をかけている穏健派のエルバラダイ氏も、エジプトの民衆の間では知名度が低い。ドイツ政府はナチスがユダヤ人を迫害・虐殺した反省から、イスラエルの利益を守ることに極めて熱心である。ドイツ政府は、チュニジアからエジプトに広がった造反が、連鎖革命となって他のアラブ諸国にも広がり、中東全体でイスラム過激勢力が伸張する事態だけは、避けたいと考えているに違いない。ただし、欧米の指導者たちも、長い間政府に抑圧されてきた民衆のパワーが路上で爆発するのを抑えられないことは、肝に銘じるべきだ。

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